現在、四輪自動車の現行車では販売されなくなってしまった空冷エンジン車。
しかしながら今でも根強い人気があり、あえて空冷エンジン車に乗るユーザーも多数存在します。
今回は、そんな空冷エンジン車の特徴や仕組み、歴史などを解説していきたいと思います。
空冷エンジンとは
空冷エンジンとは、その名の通り外気などの空気を利用してエンジンを冷やす冷却方式です。
そもそもなぜエンジンを冷却するのかというと、エンジンは燃料をシリンダーの中で燃焼させることで動力を得ています。
この際、シリンダー内の温度は最大で2000℃まで上昇するとされています。
このような高温下では、燃焼室やシリンダーが特に高温となり、出力が増加するにつれてエンジンの温度も上昇します。
この熱がエンジンに溜まると、ピストンやシリンダーが歪み、摩擦が増えてエンジンが焼き付き、壊れる可能性があります。
さらに、燃焼室の壁面やピストン表面の温度が上昇することで、異常燃焼が発生しやすくなり、これが原因でエンジンからの異音や振動が増加する場合があるのです。
このような理由から、エンジンの性能を正しく発揮するためには、熱を適切に冷却する必要があります。
そして、エンジンの冷却方法には主に2種類存在します。
一つは外気などの空気を利用して熱を放出する空冷式、もう一つはエンジン内に水路を設け、冷却水を循環させて熱を放出する水冷式です。
空冷エンジンの特徴として、シリンダーヘッドやシリンダー表面に冷却用のフィンが装着され、空気に触れる面積が増えることで熱を効率良く放出します。
特に二輪車では、このフィンを持った空冷エンジンがよく使用されています。
空冷エンジンにはさらに、自然空冷式と強制空冷式の2つの方法があります。
自然空冷式は走行風などを利用してエンジンを冷却する方式で、エンジンの発生する熱量と空気への放射熱の計算に基づいてフィンなどが設計されています。
一方、強制空冷式は送風ファンを使用して外部の空気を積極的に取り入れ、常時エンジンに外気を当てることで強制的に冷却します。
この方式は自然空冷式に比べて構造が複雑となりますが、走行風が直接エンジンに当たりにくい車両でも効率良く冷却ができるのです。
空冷エンジンのメリット・デメリット
ここからは水冷エンジンと比較した空冷エンジンのメリット・デメリットを解説していきます。
空冷エンジンのメリット
- 製造コストを抑制できる
- 冷却水周りのメンテナンスが不要
空冷エンジンのメリットとしては、ラジエーターやウォーターポンプなどの冷却装置が不要であるため、部品点数が少なく製造コストを抑えることができ、コンパクトな構造にまとめられる点が挙げられます。
ただし、空冷エンジンが重量が軽くなっても燃費の向上は期待できません。
また、メンテナンス面でも空冷エンジンはメリットがあります。
水冷エンジンでは冷却水の交換や、水漏れの修理が必要な場面があるのに対し、空冷エンジンではそのようなメンテナンスが不要です。
しかし、空冷エンジンではエンジンオイルの管理が重要となり、オイル交換や適切なエンジンオイルの選び方が重要です。
エンジンオイルは冷却の役割も担っているため、劣化したオイルは冷却効果や潤滑効果が低下し、エンジンの温度上昇やオーバーヒートの原因となる可能性があります。
空冷エンジンのデメリット
- 冷却性能が不安定
- 燃焼効率が悪い
- 燃費が悪い
- 音が大きく快適性が低い
一方、空冷エンジンのデメリットとして、冷却性能が不安定である点が挙げられます。
水は空気に比べて熱伝導率が高く、効率よくエンジンを冷やせると言われています。
空冷エンジンでは、アイドリング時と走行時での冷却性能に差が出ることがあるため、アイドリング時には冷却性能が低下する可能性があります。
また、気温や走行状態によっても冷却性能が変わるため、特に高温の環境下では冷却性能の低下が懸念されます。
空冷エンジンのもう一つのデメリットは、燃焼効率が悪い点です。
空冷エンジンは、ガソリンを燃焼室に多めに吹き付け、蒸発熱で燃焼室周りを冷却する方法を取っています。
しかし、燃料の濃い混合気は燃焼効率を落とし、燃費を悪化させます。
ガソリンエンジンには「理論空燃比」というものがあり、ガソリン1グラムに対して空気14.7グラムの混合比で燃焼させると燃焼効率が最も高くなります。
一方、空冷エンジンを冷やすために余分にガソリンを使用すると、燃費が悪くなります。
例えば、ポルシェ911の最後の空冷エンジン車、993の平均燃費はリッター6.89キロであり、ハイオク燃料を使用するとガソリン代も高くなります。
また、燃料を濃くすることで排ガスに含まれる一酸化炭素や炭化水素などの有害物質が増加します。
これは、現在の厳しい排ガス規制に適合することが難しく、1977年を最後に日本国内で空冷エンジン車の生産が終了しました。
空冷エンジンの冷却性能の不安定さも、排ガスに多くの有害物質が含まれる原因となっています。燃焼時の最適な温度が存在し、この温度が低すぎるとガソリンが気化せずに炭化水素が多く排出されます。
高すぎると窒素酸化物の排出が増えます。水冷エンジンはエンジンの温度を安定させやすく、排出される有害物質を減らすことが可能です。
さらに、空冷エンジンはレスポンスが悪いというデメリットもあります。
これは、空冷エンジンが熱くなりやすく、ピストンやシリンダーが熱膨張するためです。
そのため、ピストンとシリンダーの隙間を広めに設計する必要があります。
しかし、隙間が広すぎると、圧縮時に混合気がクランクケースに流れ出てしまい、燃焼効率やレスポンスが悪化します。
そして、空冷エンジンはエンジン音が大きくなりがちです。
この音の大きさは、クルマ好きには嬉しい特徴かもしれませんが、快適性を求める人々にとってはデメリットとなります。
また、新車販売の際の騒音規制をクリアするのも難しいです。
空冷エンジンは、その構造上、燃焼音やシリンダーヘッドからの放射音、冷却フィンの共鳴音などが発生しやすいのです。
対照的に、水冷エンジンはシリンダーの周りに水が流れており、音や振動を吸収してくれます。
以上のように、空冷エンジンには多くのデメリットが存在します。排ガス規制や騒音規制の存在もあり、現代の自動車市場で空冷エンジン車の販売は困難になっています。
空冷エンジンの歴史
空冷エンジンの歴史や採用車種について説明します。空冷エンジンの開発が始まった正確な時期は不明ですが、欧州で空冷エンジン車を広めたのは1924年から空冷エンジン車を取り扱い始めたチェコの自動車メーカー、タトラでした。
1930年代のタトラは、世界で最も進んでいた自動車メーカーの1つとも言われています。実際にタトラはフォルクスワーゲンやポルシェに影響を与えるほどの存在でした。
タトラが開発した最初の空冷エンジン車は「タトラT11」で、フレームの先端に空冷式の水平対向2気筒エンジンを備えていました。
車体は700kgと軽量で、最高速度は時速70km/h以上を記録しています。
空冷エンジンを採用した背景としては、当時、チェコが非常に寒冷であり、不凍液がまだ開発されていなかったため、水冷エンジンでは冷却水が凍結する問題がありました。
そこで、凍結の心配が少ない空冷エンジンが選ばれました。さらに、水平対向エンジンは構造上、空冷エンジンの冷却に有利であり、コンパクトなエンジンを実現したのです。
その後、T11は大ヒット作となり、1924年から1933年までに11,000台が生産されました。
この流れを受けて、フォルクスワーゲンが「タイプ1」、通称ビートルを開発。
ビートルの起源は1933年のヒトラーの国民車構想に始まり、設計はフェルディナント・ポルシェに依頼されました。
ヒトラーは空冷エンジンを採用するよう求め、その背景にはタトラの空冷エンジン車への好感があったと言われています。
ビートルのプロトタイプは1938年に完成し、第二次世界大戦の勃発により量産は遅れましたが、戦後の1945年にようやく量産が開始され、2003年まで基本設計を変えずに生産され続け、生産台数は2000万台を超えました。
1948年には、ビートルを元に開発されたポルシェ356が発売され、同様に空冷式のリアエンジンを採用していました。
フォルクスワーゲンの成功を受けて、各自動車メーカーも次々と空冷エンジンを採用しました。日本でも、60年代にトヨタがFRレイアウトで空冷エンジン車を開発。
1961年の初代パブリカや1965年のスポーツ800、1967年のミニエースなどが発売されました。三菱自動車も、三菱360や初代ミニカで強制空冷式のFRレイアウト車を販売しました。
しかし、排ガス規制の強化により、空冷エンジン車の販売は終了してしまいました。
日本の空冷エンジン車の最後の車は、トヨタのミニエース(1975年販売終了)やホンダのTN7(TN360)(1977年販売終了)でした。
ポルシェは1998年に911のタイプ993を販売終了し、2003年にはメキシコでのビートルの生産も終了しました。
現在、空冷エンジン車は生産されていませんが、空冷エンジン独特の音を好む愛好家からの支持は根強く、ポルシェ911やビートルは高値で取引されることもあります。
現行モデルに空冷エンジン車は存在しないものの、その魅力は今も変わらず、愛好家たちに大切にされています。